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2018年8月16日 (木)

告別式・お通夜に参列、海外出張のパッキングなど

今朝もいつものユックリとした5キロのジョグ。

 

30分のジョグ中、雨がザーッと降ってきたり、太陽が覗いたり・・・今日1日も変わりやすい天気でしたね。

 

前にも書いた通り、明後日18日から24日までポルトガル・スウェーデンを訪問する海外出張へ。

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↑ 午前9時のスーツケース・・・いつもは少しずつ準備を重ねていくのですが、今回はそういう時間がとれず今日1日で準備します

 

今日は午後12時半から、メモワール倉知にて市議会議員のご母堂様の告別式に参列。

 

御焼香を上げさせていただき、ご出棺までお見送りをさせていただきました。

 

夜は午後7時から、岐北斎苑にてお世話になっている方のご母堂様のお通夜に参列。

 

明日の告別式には公務のため参列できないため、お通夜でご焼香を上げさせていただきました。

 

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↑ 午後10時過ぎのスーツケース・・・機内持ち込みのバッグの整理が必要ですが、とりあえず9割は完了

 

今回は夏なので、冬と比べればそれだけで荷物は減ります。

 

市長や大使との公式面談も、スーツ・ネクタイではなく、ジャケパンですので、これも気持ちがかなり楽になります。

 

スーツパンツは洗えませんが、ジャケパンのパンツは洗濯可能なものを履いていくので。

 

シャツは手入れが簡単なイージーケアのものを持参・・・一応はミニアイロンも一緒に。

 

シューズは、スニーカーのような履き心地の革靴・テクシーリュクス1足に全日程をこなしてもらいます。

 

2回ぐらいしか走る機会がないかもしれませんが、ジョギングシューズ・ウェアはいつも通り、持っていきます。


前回、初めて持参してヒットだったのは、インスタントのお味噌汁・・朝もしくは夜にホテルで飲むと落ち着くので今回も。

 

活字中毒人間としては、忘れてはならないのは本・・・中古ショップで10冊ほど買ってきたのを持っていきます。加えて、kindle書籍リーダーを持っていきますし、iPadでも楽天koboの電子書籍が読めるので、活字が切れて苦しむことはないでしょう。

 

まだ、明日1日あるので、最後の詰めは明日の夜にやります。

2018年8月15日 (水)

手話スピーチコンテストの県代表と面談、義捐金の受領、小屋名の「チンチカカ」初参加など

今朝は走らず。

 

市役所に入ってから、打ち合わせや決裁など。

 

午前9時半から、関市シルバー人材センターの相宮千秋・会長等と面談。

 

要望書を受領した後、最近のシルバー人材センターの活動について意見交換。県内でも派遣事業はトップレベルの受注となっており、市外県外のシルバー人材センターの視察もあるそうです。

 

また、本町の「とんてん館」も利用者が増えているそうで、高齢者の方の交流・集いの場となっていることは関市としても嬉しいことです。

 

午前9時50分から、手話スピーチコンテストに岐阜県代表として全国大会に出場する済美高校2年の大見夏鈴さんと面談。

 

大見さんは旭ヶ丘中2年生のとき、関市の「私の主張大会」を経て、中学3年生の時に全国大会「少年主張大会」で最優秀の内閣総理字大臣賞を受賞。

 

今日は久しぶりに再会することができました。

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↑ しっかり成長していて頼もしい限り・・・看護師・助産師になる夢に向かって、勉強もがんばっているそうですよ

 

午前10時10分から、県管設備工業協同組合様から20万円の義捐金の受領。

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↑ 荒川晶一・理事長からいただきました・・・ありがとうございます

 

意見交換の中で話題になったのですが、国・県・市からの支援金や皆さんからいただいた義捐金の交付・配分について、住家の世帯単位が原則となっています。

 

昨日、上之保でも意見・要望をいただいたのですが、被災をしたけれども普段は人が住んでいない家に対しては、支援金・義捐金の対象となりません。

 

また、同じ被災世帯でも、世帯分離をしている場合は別世帯として、それぞれ交付対象となります。

 

以前にも書きましたが、行政の支援制度は住家に手厚い制度設計になっていますので、同じく被災した商工業者に対しては、住家と比べると薄くなっています。

 

過去に比べれば、これまで先達のご大変な努力で、地震や洪水時の生活再建支援制度は大幅に拡充されており、これは評価すべき点だと思います。一方、充実してきたが故に、対象・配分の難しさがあることも感じます。

 

午前10時25分から、市内企業から防犯灯設置に対する寄付金の受領。

 

午後7時から、小屋名の「チンチカカ」へ。

 

小屋名のお盆の伝統行事で、津保川河畔にて精霊流しを行うのですが、一時は廃れていたものを20年前に復活させて続けていらっしゃいます。

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↑ 両岸で松明が燃やされていてかなり大がかり・・・爆竹の音も響きます

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↑ 対岸に「2018 祝20周年オヤナ チンチカカ アリガトウ」の文字・・・並べるのも火をつけるのも大変な手間暇がかかりますね

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↑ 子ども達も小さな松明を持って橋を渡って河畔に集合・・・そこで2つの大きな松明に火をつけます

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↑ 橋からのナイアガラ花火も・・・消防団の皆さんも参加

 

最後は、それぞれメッセージ付きの花火を50発強、打ち上げてチンチカカは終了。

 

以前から誘われていたのですが、いつも花火大会等が入ってお邪魔することができませんでした。

 

今日、初めて参加させてもらいましたが、その大がかりな準備・内容に驚きました。

 

少し見させてもらっただけで、当日までに役員の皆さんが大変な準備をされたことがよく分かります。

 

今日も大勢の方がご家族一緒に参加されていましたが、子ども達の心に残って、これからも繋がっていくことを願っています。

 

今日は終戦の日・・・精霊流しを見ながら、ご先祖様に思いを馳せつつ。

2018年8月14日 (火)

町内対抗野球は谷口・小知野が7連覇、武芸川にて3on3をプレイ、上之保復興ライブ、武芸川花火大会など

今朝もいつものユックリとした5キロのジョグ。

 

市役所はカレンダー通りに開庁していますのが、今日は市役所には入らず、午前11時半に市民球場へ。

 

第68回関市町内対抗野球の閉会式。

 

谷口・小知野が決勝で広見6号を4対1で破り、前人未到の7連覇(!)を達成。7連覇はお見事の一言しかありません。広見6号も初の決勝進出は素晴らしいことです・・・が、それよりもスコアボードに並ぶ選手の名前、9名中7名が奥田さんにビックリ。

 

その前に行われた3位決勝戦により、3位が武儀、4位が池尻となりました。

 

午後1時半に、武芸川生涯学習センター駐車場へ。

武芸川まちづくり委員会主催のバスケの3on3の大会にエキシビションとしてプレイ。東京オリンピックから、3on3は正式種目に採用されますよ。

 

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↑ before・・・まだ元気


最初の5分ゲームは、小学生と2分半・中学生と2分半・・・多分、私たちのおじさんチームは、中学生とちょうど良いくらいのレベル。

 

その後、名古屋拠点で活躍中の3on3のプロチーム「NAGOYA DAGAYA」の皆さんと。チームのひとりの近藤陽平・選手は中部学院大学(!)出身。

 

いやぁ、いくらエキシビションでも、プロ相手はいかんでしょ(苦笑)。

 

ボール持っても、相手ディフェンスまったく抜ける気配なしで、守っていてもドンとぶつかられたら、ワタクシ、軽く吹き飛ばされましたから。

 

それでも、なかなかプロとバスケする機会なんてありませんから、楽しかったです。

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↑ 179㎝の私が小さくみえますね

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↑ 中学生相手に大人げなく本気でシュートを打つ46歳の市長・・・ちなみに外れました

 

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↑ エキシビジョン後、みんなで記念撮影

 

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↑ 5分×2ゲームのafter・・・疲労困憊で息絶え絶え(苦笑)

 

一旦、自宅に戻ってシャワーを浴びてから、上之保のマルヘイさん駐車場の復興ライブへ。

上之保出身の皆さんの「Kami-chu-Band」のコンサートで、食べ物や飲み物は何と無料。

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7月豪雨で大きな被害を受けた上之保地域は、まだまだ復旧・復興の入り口に立ったところですが、今日のライブのように地域のつながりは関市の中でも飛び抜けて強い地域なので、時間はかかっても復旧・復興はできると信じています。

 

30分弱で抜けさせてもらい、毎年恒例の武芸川花火大会へ。

 

今年は橋の上での立ち止まっての観覧は禁止となり、これまで堤防にあった本部席を橋に移動させ、逆に堤防を観覧スペースに変更。

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↑ 武芸川花火、といえばこのナイアガラ

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↑ フィナーレまでの約50分・・・楽しませてもらいました

 

自宅に戻ってから食事・・・お盆ということで東京から兄と甥が帰省中。

 

兄との会話の中で、両親が再来年に金婚式を迎える、という話を兄から聞いて、そういえば・・・と。

 

毎年、市長として金婚式を迎えられたご夫婦にお祝いの言葉を述べているのですが、自分の両親のことは想定していませんでした。

 

幸いにして二人とも今のところは何とか元気ですが、再来年まではまだ時間があるので、少し早めですが来年に金婚式の旅行に行ってもらおうか、ということに。

 

2018年8月13日 (月)

災害対策本部の会議、多くの団体からの義捐金受領、「つながろう。関市」関市民花火大会など

今朝もいつものユックリとした5キロのジョグ。

 

午前9時から、災害対策本部の会議。

 

昨日の上之保地域での相談会では、80名を超える方の参加があり、住宅改修や支援金申請などの個別相談。

 

もともとは7月下旬に開催予定でしたが、台風12号のために昨日に延期。

 

各集落での相談会の開催要請もあったそうなので、今後、調整することに。

 

午前9時半から、市労連・職員互助会から40万円弱の義捐金の受領。

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↑ 職員の皆さんには7月豪雨以降、非常時ということでかなりのムリをお願いしている中で、それに加えて義捐金を出してもらうのは申し訳ない気持ちにもなります

 

午前10時から面談の後、10時半から黒屋自治会からの要望書受領。

 

午前10時50分から、共産党中央委員会から350万円の義捐金の受領。

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↑ 本村伸子・衆議院議員、高木光弘・県書記長が来庁・・・ありがとうございました

 

午前11時10分から、東海理研株式会社の佐藤明弘・社長から約110万円の義捐金の受領。

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↑ 社員の方も募金を集めていただいたそうです・・・ありがとうございました

 

午前11時25分から、こがねだ診療所の森逸治さんから10万円の義捐金の受領。

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↑ 今日は代理で林一旗さんが来庁・・・ありがとうございました

 

午後からは、広報せきの市長コラムの執筆など。

 

午後7時半から、関市民花火大会。

 

今回は7月豪雨を受けて、「平成30年7月豪雨被災地応援プロジェクト『つながろう。関市』第10回記念関市民花火大会」として開催。

 

また、今年の改善点として、障害がある方のための駐車場も準備。

先般、市内の障害者施設のお祭りのときに要望をいただき、担当課に検討を頼んだのですが、台数に限りはあるものの、早速、スペースを確保してくれました。

 

要望を伺ったときに連絡先をお聞きしていればお知らせできたのに・・・と気になっていたのですが、担当課長から「市長に障害者用の駐車場のお礼を伝えてください」という伝言があったことを聞いたので、おそらく要望をされた方だと思います。

 

雷雨を心配していましたが、最後まで無事に花火大会を終えることができて安心。

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終了後、花火会場近くのI市長公室長の自宅を訪問。

 

毎年、自宅前の庭で同級生家族とのバーベキューが恒例だそうで、そこにお邪魔させてもらいました。

 

その後、吉寿しにて商工会議所の会頭・副会頭の懇親会にも、遅れて合流させてもらい、花火大会の反省会。

 

2018年8月12日 (日)

美濃市立花へ

昨晩、窓の外から虫の鳴き声が・・・まだ暑さは続いていますが、秋になっていることを感じます。

 

今朝は久しぶりにユックリと10キロのジョグ・・・でしたが、途中、何度か歩きながら。

 

昼前に市役所に入って夕方まで。

 

夕方、美濃市立花へ。

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↑ 写真中央・2階建のトタン倉庫と向こう側の2階離れがあるのが尾関家の本家・・・手前に倉庫手前に母屋がありましたが、平成16年台風23号の際、母屋は床上浸水して壊されました

 

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↑ 近くの立花集会所から・・・長良川の流れる真ん前です

 

7月豪雨災害を受けてから、改めて尾関家の本家を訪ねたい、と思っていました。

 

私の曽祖父である尾関鉄治郎は、美濃市立花の尾関角左衛門と四男として生まれましたが、昭和4年に今の関市東田原に移り住んだと聞いています。

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↑ 後列右端が尾関鉄治郎
 

立花では平成16年の浸水被害のように、過去に幾度も長良川の水に悩まされてきたため、曽祖父は(絶対に水が浸かない場所を)と川沿いに下りながら、土地を探して探して探し抜いた末に見つけたのが、今、私が生まれ育った東田原だったと父から聞かされてきました。

 

確かに、私の自宅はこれまで水が浸いたことはないのですが、それでも私の自宅は津保川のすぐ近くにあり、小学校の夏休みに泳いで遊んだのも津保川でした。

 

曽祖父が(絶対に川からの被害を受けない場所)を探しながら、それでもなお、やはり川の近くに住まいを決めたことに、人間と川の恵みとの切っても切れない関係に思いを馳せます。

 

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