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2019年5月 3日 (金)

岩手県釜石市・鵜住居復興スタジアム、陸前高田市・奇跡の一本松など

 

今朝は午前8時前に自宅を出て小牧空港へ。

岐阜県市長会として、東日本大震災以降ずっと各市が職員を派遣している岩手県釜石市へ。

 

午前10時5分の花巻空港行きのフライトですが、GW中ということでかなり移動時間に余裕をもたせて。

ありがたいことに渋滞もなく8時45分には空港着。

 

展望デッキなどを見学しながら時間調整。

 

時刻通り、花巻空港行きのフライトは離陸。小さな機体でしたが満席でした。

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予定通り、花巻空港に到着してから、空港内にてレンタカー手続き。

 

今年度も関市から職員を派遣しているのですが、今回は初めての女性職員。連休中なので休ませてあげたいこと、彼女が運転が得意でないらしいこと等の理由で、レンタカーということに。

 

以前は空港から釜石市内まで山道をひたすら走るイメージがありましたが、内陸部と沿岸部を結ぶ東北横断自動車道が今年3月に繋がったので、アクセスは格段に良くなりました。

 

午後1時には、最初の目的地である釜石市鵜住居に到着。

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釜石市への派遣経験がある職員が事前に調べてくれた「三代目たまり屋」というラーメン屋さんで昼食。鮭からダシをとったスープだそうですよ・・・おいしく完食。

 

午後2時に、昨年の夏に完成した鵜住居復興スタジアムへ。

 

今日は休日にも関わらず、釜石市役所のラグビーワールドカップ推進本部事務局の正木隆司・部長と長田剛・主任が対応をいただきました。

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鵜住居復興スタジアムは、地元の木材が使われていたり、災害対策用の設備があったり、ハイブリッド型の芝生であったり・・・新しいスタジアムだけあって、いろいろな工夫がなされています。

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釜石市の自然に調和した美しいスタジアムでした。

 

今日はこのブログをiPad miniで打っているので、詳しく書けませんが、関市に戻ったらまた改めて書きます。

 

その後、鵜住居地区の復興事業を視察。

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鵜住居にある旅館・宝来館は、初めて釜石市に訪問した際、津波に飲み込まれた体験を持つ女将の話を伺ったことがありました。そして、そのときにラグビーワールドカップの試合を、復興のシンボルとして釜石市で開催を、という思いを聞きました。

 

そのときは、まったくどうなるか分からない状況でしたが、女将の熱意もあり本当に釜石市でワールドカップの試合が2試合行われることになりました。

 

本当は宝来館に泊まりたかったのですが、今回は予約もいっぱいだったこともあり断念。少しでも協力を、と思い、お土産だけ買わせてもらいました。

 

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宝来館の目の前は美しい穏やかな海。

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自然は豊かな恵みを与えてくれますが、ときに残酷なまでに多くの尊い命や大切な財産を一瞬で奪っていきます。

 

鵜住居地区は復興事業の真っ最中。

 

釜石市体育館が建設中でした。

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また、鵜住居防災センターの跡地には、祈りのパークとなっており、震災の教訓を語り継ぐ施設もありました。

 

釜石市は「釜石の奇跡」で知られるように、子ども達が「津波てんでんこ」で避難行動をとったのですが、一方、鵜住居防災センターに多くの方が当日避難して、ここで160名を超える方が津波に巻き込まれて犠牲となりました。

 

釜石市は、津波時には高台などに避難をして、その後の避難生活ができる拠点避難所として鵜住居防災センターを位置付けていました。

 

ここにも最初に釜石市を訪問した際、解体される前の防災センターの内部を見させてもらい、実際に津波に巻き込まれた方の体験を聞かせてもらいました。

 

その日は冷たい風が強く吹き荒れ、ヒューヒューと防災センターから大きな風きり音が聞こえるのですが、その音が津波に飲み込まれて命を落とされた方の慟哭のように感じ、手を合わせたことが忘れられません。

 

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その後、陸前高田市の奇跡の一本松へ。

 

2011年3月11日の東日本大震災の2ヶ月後、8年前のGW中にJC有志で震災ボランティアへ。

 

そのとき、陸前高田市に派遣されたのですが、バスから見えた一本松が強く印象に残っています。

 

陸前高田市に入り、海岸沿いを走っていたら、これまた8年前に見たマンションが。

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これもバスの中から見て、当時も写真を撮ったのですが、5階建のマンションで4階までは津波で破壊されています。いかに津波が想像を絶するような高さで襲ってきたか、これを見ると分かります。

 

最初の市長選の前、各地域で市政報告会を開催しましたが、そのプレゼン資料の中にもこのマンションの写真を使わせてもらっていました。

 

すでに解体されたもの、と思っていましたので、今日、突然に目に入ってきてビックリしました、

 

奇跡の一本松用の駐車場に車を停めて、一本松に歩いている途中、どこかで見た人だな・・・と思ったら、なんと青協建設の各務社長ご夫妻でした。

 

いやぁ、ホントに驚きましたよ。

 

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奇跡の一本松周辺は、まだまだ防潮堤・道路・かさ上げ・施設などなど、いろいろな工事の真っ最中。

 

釜石市もまだ工事中のところもありますが、陸前高田市の方が進捗度合が低いように思えました。

 

再び釜石市戻り、午後6時過ぎにホテルにチェックイン。

 

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